2011/10/08

最古のアシュール石器 (Acheulian)

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1ヶ月ほど前の『Nature』誌に,アシュール石器としては最古となる年代が決定された,という報告 [1] が載りました."Turkana tools"という文句と石器の写真が表紙になっていたので,目にされた方も多いかも.

以下のようなニュースも報道されています.


このエントリでは,この報告の概要と意義について書いてみます ※1

背景 [2]

アシュール石器 ※2とは何か?

人類進化のある段階であらわれた一連の石器群 (石器インダストリ) のひとつです.
石器インダストリは以下の4つに大きく分けられます.
・オルドワン (Oldowan)
・アシューリアン (Acheulian)
・ムステリアン (Mousterian)
・後期旧石器時代以降の「進歩的」な石器群

Australopithecus属からHomo属が進化してきた頃に現れた最初の石器がオルドワンです.260万-160万年前頃まで使われていた石器で,Homo habilis など最初期のHomo属が作成してたと考えられています ※3.「原始的」で,小石をぶつけあわせて鋭い縁をつくりだしたような石器とイメージしていただければ良いかもしれません.

オルドワンの次にあらわれるのがアシューリアンです.もとになる石から手頃な大きさの石を切り出し,その石を丁寧に加工して刃をつけていくことで作られます.アシューリアンになって初めて,こうした二次的な加工や,石器の両面に対する加工が施されるようになります ※4.今回の報告がなされる前までは,アシューリアンは140万-30万年前くらいまで,広義のHomo erectusによってつくられ使われていた,と考えられていました.

ムステリアンは,30万-3万年前くらいまで,Homo neanderthalensis (いわゆる「ネアンデルタール人」) によってつくられ使われていた石器です.亀の甲羅のような特徴的な形の石を生じるルヴァロワ技法 (Levallois technique)によって作られており,石器のほぼ全縁に鋭い刃ができるのが特徴です.

後期旧石器以降の「進歩的」な石器群は,Homo sapiens (私たちヒトのことです) によってつくられ,5万年前以前からみられるようになります.石刃とよばれる規格化された形の破片を切り出し,破片を二次的に加工していくことで実に多様な道具をつくりだします.
それ以前の石器インダストリには,地域や時代によってほとんどバリエーションがなかったのに対し (オルドワンやアシューリアンは100万年近く (!!) 同じような石器がつくられ続けていたのです),このインダストリでは,個別の用途に特殊化したさまざまな石器が各地でつくられるようになります.

人類の進化とアシュール石器

アフリカで進化した初期Homo属は,それまでの人類のうちで初めてアフリカの外に出ていきます (出アフリカ) ※5.この170万-140万年前頃,広義のHomo erectusの出現,アシューリアンの出現,出アフリカ,がほぼ同時期におこっていることから,より「進歩的」なHomo erectusが「進歩的」なアシュール石器を作成し利用して,初めてアフリカ外への拡散を果たしていった,という考えが一昔前まで広く受け入れられていました.

しかし近年,最初期に出アフリカを果たした人類はアシュール石器を持たなかった可能性が高いことが明らかになり [3, 4] ※6 ,上記の考えは再考を迫られていました.
そんななか,今回の研究が発表されました.


今回の報告

アシュール石器の最古の年代が約35万年古くなった

トゥルカナ盆地北西のKokiselei 4遺跡 (ケニア) から発見されたアシュール石器の年代が,約176万年前と推定されました.これまで最古と考えられてきたもの [5] ※7より35万年ほど古い年代です.
年代の決定は,古地磁気測定,層位学,アルゴン年代測定 (先行研究の結果を引用) によって行なわれています※8

オルドワン石器と共存していた

重要なのは,最古のアシュール石器の176万年前という年代が,オルドワン石器の存在していた最新の160万年前という年代とオーバーラップしている点です.この結果は,オルドワン石器からアシュール石器への相互排他的な一直線の発展,という一昔前まで受け入れられていた考えがもっともらしくないことを示唆します.
著者らは,この頃,異なる石器を作成する人類集団が複数同時に存在していた (生物種が異なるのかどうかまでは不明) と結論しています.

さらに,この研究の結果から,当時すでに「進歩的」なアシュール石器が存在していたにも関わらず,それを利用しない人類が最初期に出アフリカを果たした,という意外な実像も見えてきました.アシュール石器の発展により初期人類の出アフリカが初めて可能になった,という従来の仮説は,いよいよもっともらしくないものになってきたわけです.


まとめ

ケニアのトゥルカナ盆地北西の遺跡から発掘されたアシュール石器の年代が176万年前と推定されました.
今回の報告により,アシュール石器とより「原始的」なオルドワン石器の存在時期がオーバーラップしていたことが明らかになりました.
この結果により,オルドワン石器 → アシュール石器という相互排他的な進歩を仮定する考え方と,アシュール石器の発展により初期Homo属の出アフリカが初めて可能になったという仮説は,ますますの再考を迫られることになりそうです.


脚注

※1 論文紹介のゼミで紹介したため,ある程度は読み込みましたが,それでも間違いがあるかもしれません.もしありましたら,ご指摘いただけると幸いです.つくったスライドをそのままアップロードできると良いのですが…

※2 このエントリでは,「アシュール石器」「アシューリアン」「Acheulian」をほぼ同義に使っています.

※3 Homo属だけでなく,Australopithecus garhiなど後のほうのAustralopithecus属も,オルドワンの石器を作成していた,とする説もあるようです.

※4 できあがりの形をあらかじめ頭に描いていなければ,こうした二次加工はできず,したがって,これらの石器の出現は人類の認知能力がここで急激に発達したことを意味している,とする説もあります.

※5 2回目の出アフリカは,約8万-5万年前くらいにHomo sapiensによってなされます.多地域進化説 (1回目に出アフリカした初期人類が世界各地で現生人類に進化した) と,アフリカ単一起源説 (各地の現生人類は2回目に出アフリカしたHomo sapiensの直接の子孫である) のどちらが正しいか,人類学では長年議論がなされてきました.しかし,1990年代はじめ以降の一連の分子系統樹の研究などから,現在ではアフリカ単一起源説が正しいだろうとの見方が一般的になっています.

※6 グルジアのDmanisiで発見された175万年前の初期Homo属は,オルドワンの石器を伴っていました [2].インドネシアのJavaで発見された180万年前と推定された初期Homo属では,共伴する石器がみつかっていません [3].

※7 エチオピアのKonso-Gardula (KGA) 遺跡から発見されたアシュール石器が,アルゴン年代測定と層位学的な研究により,約140万年前のものと推定されています [4].

※8 トゥルカナ盆地のこのあたりには,数百万年間に堆積した地層が隆起して,数10-100m以上の露頭が見えているところがあるようです.石器の年代の決定は,1. 露頭に記録された特徴的なイベント (火山灰や地磁気の逆転など) の年代を決定し,2. 地層の高さとこの年代の関係を数式で表し,3. 石器の発掘された層の高さを数式に代入して年代を算出する,という方法で行なわれました.カバーしている年代は233万-148万年前で,対応する高さは0-247mです.なかなか美しい方法論と結果が出ているように思いましたので,興味のある方はぜひ論文 [1] をご覧になってみてください.


参考文献

[1] Reple CJ et al. 2011. An earlier origin for the Acheulian. Nature 477:82-85.
[2] Klein RG. 2009. The Human Career: Human Biological and Cultural Origins (Third edition). University Of Chicago Press.
[3] Gabunia L et al. 2011. Earliest Pleistocene hominid cranial remains from Dmanisi, Republic of Georgia: Taxonomy, geological setting, and age. Science 288:1019-1025.
[4] Swisher CC et al. 1994. Age of the earliest known hominids in Java, Indonesia. Science 263:1118-1121.
[5] Asfaw B et al. 1992. The earliest Acheulian from Konso-Gardula. Nature 360:732-735.

※ ほかにもありますが,ちょっと絞ってみました.

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